天才か異端児か?石原莞爾の衝撃エピソードと東條英機を激怒させた真相

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石原莞爾の軍人としてのキャリアは、最初から規格外の連続でした。難関として知られる陸軍大学校(第30期)に入学した石原は、教官たちが舌を巻くほどの圧倒的な戦術的才能を見せつけます。しかし、その天才性と表裏一体だったのが、軍の階級社会を根本から小馬鹿にしたような数々の奇行でした。

演習の際、教官から「歩兵部隊をどのように指揮・配置するか」と問われた石原は、黒板に極めて独創的かつ完璧な作戦図を一瞬で描き上げました。感嘆した教官が「見事だ。だが貴官ならこの敵の逆襲をどう防ぐか」と重ねて尋ねると、石原は平然と「このような愚かな作戦を立てる教官を更迭すれば、自ずと勝利できます」と言い放ち、教官を絶句させたという逸話が残されています。

身なりや態度も軍人の常識から大きく逸脱していました。軍刀を杖代わりに引きずりながら歩く、長大な竹箒を肩に担いで登校する、あるいは教官の講義中に堂々と居眠りをしながら、指名された瞬間だけ完璧な模範解答を即答するなど、周囲を挑発するような行動を平然と取り続けました。

本来であれば首席卒業が確実視されていたものの、あまりに反抗的な態度と奇行を問題視され、陸軍上層部の判断によって「次席」へと引き下げられて卒業することになります。恩賜の軍刀を授与される際も、一切の畏れを見せることなく悠然と受け取った石原の姿は、軍内部で早くも伝説として語り継がれました。

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