徳川慶喜の貴重写真を徹底解剖!幕末から晩年に隠された真の素顔
戊辰戦争の終結後、駿府(現在の静岡市)へ退隠した慶喜は、政治の表舞台から完全に身を引いた。代わりに彼が没頭したのが、当時日本に導入されたばかりの最先端テクノロジーである写真撮影だった。慶喜は単に撮られる客体であることをやめ、自らカメラを構えて被写体を追う表現者へと変貌を遂げた。
機材の調達や暗室作業に必要な薬品の調合にまでこだわり、従者とともに巨大な木製暗箱カメラを担いで駿河の山野を巡った。静岡市歴史博物館に保管・展示されている史料群を眺めると、元将軍が撮影した対象の幅広さに驚かされる。雄大な富士の姿から名もなき農民の日常、狩猟の獲物、建設中の鉄道、そして自身の家族たち。被写体に向けられたレンズの角度は極めて客観的で、どこか静謐な詩情すら漂わせる。
権力闘争の渦中から突如として解放された男は、ファインダーのガラス越しに新時代の息吹を観察していた。自らを厳格に律しつつ、政治的発言を一切封印した慶喜にとって、光と影で世界を切り取る作業は、自らの存在証明であり、魂の救済であったのかもしれない。