瀬戸内寂聴と井上光晴の禁断愛|出家理由と妻・娘が明かした真相
激動の生涯を送った井上光晴の最期は、過酷な病魔との闘いでした。1989年に大腸がんが発覚し、その後肝臓への転移が判明。壮絶な闘病生活の末、1992年5月30日、肝臓がんにより66歳でこの世を去りました。
井上光晴の死の前後を克明に記録した原一男監督のドキュメンタリー映画『全身小説家』(1994年)では、彼が語り続けてきた波乱万丈の生い立ち(シンガポール生まれ、パルチザン参加など)の多くが実は彼自身の創作であったことが暴かれました。しかし、虚構と現実の境界を曖昧にし、自らの人生そのものを文学作品として演じ切った姿は、今なお強烈な伝説として語られています。
光晴が病床に伏している間も、寂聴は病院へ駆けつけ、かつての恋人の手を握り祈り続けました。二人の間に交わされた往復書簡や手紙には、晩年になっても色褪せない文学的共鳴と、言葉を超えた慈しみが記されていました。光晴の没後、妻・郁子も2000年代に静かに世を去り、2021年11月には瀬戸内寂聴も99歳で大往生を遂げました。3人の主役がすべて鬼籍に入った今、残された作品だけがその情念の激しさを静かに物語っています。