雅子さまが歩まれた「適応障害」公表から20余年――激変する令和の公務と現代日本が学んだ「心への寄り添い」【2026年特別報道】
1993年、ハーバード大学出身の元外交官・小和田雅子さんの婚約内定は、日本中に熱狂をもたらした。「皇室の国際化」「新しい時代の女性像」といった過剰なまでの期待が寄せられ、一挙一動がカメラに収められた。しかし、その華やかなスポットライトの影で、皇室の重厚な伝統と世継ぎへの強いプレッシャーが、想像を絶する重圧となって押し寄せていた。
皇室入りから10年後の2003年末、体調不良による長期療養が始まり、翌2004年に正式に病名が公表された。当時はまだ「心の病」に対する社会の理解が乏しく、世間の反応は複雑だった。伝統を守ることを重視する層からの厳しい声も散見されるなか、雅子さまは静かな苦悩の時間を強いられることとなった。