なぜ恐怖の妖怪が愛される?座敷わらし萌え現象の裏側を解明
日本民俗学の父とされる柳田國男が明治43年(1910年)に発表した名著『遠野物語』。この作品において、座敷童子は家運を左右する神聖にしてどこか陰のある存在として描かれていた。家を繁栄させる一方で、去っていけばその家は没落するという伝承は、当時の人々にとって畏怖の対象そのものだった。
民俗学の観点から見れば、子どもという無垢でありながら予測不可能な存在を怪異に見立てることで、家系の盛衰に対する説明をつけていたとされる。赤い顔をしておかっぱ頭に小さな着物を纏う姿は、恐怖の裏にどこか寂しげな哀愁を漂わせていた。この「小さな子ども」という造形こそが、時代を超えて現代の萌え属性へと接続する共通項となっている。