激動の歴史と早咲き桜を歩く!宇都宮城址公園の魅力を徹底解剖
この城は、幕末維新の激動期において最も熾烈な戦場の一つとなった。慶応4年(1868年)、新選組副長だった土方歳三率いる旧幕府軍と、新政府軍が激突した「宇都宮城の戦い」である。
日光を目指す旧幕府軍にとって、宇都宮は戦略上の絶対防衛ラインだった。土方歳三の卓越した戦術指揮によって城は一時落城したものの、激しい砲撃戦と市街戦の末、天守や櫓を含む城郭の大部分が灰燼に帰した。土方自身もこの戦いで足を負傷し、戦線離脱を余儀なくされている。
現在残る高く切り立った土塁を仰ぎ見ると、当時の凄惨な銃撃戦の気迫が伝わってくるかのようだ。園内の展示館「宇都宮城ものしり館」では、発掘調査で出土した弾丸や焼失前の城絵図が展示されており、教科書の記述だけでは捉えきれない幕末の現実をまざまざと突きつけてくる。