佐藤可士和の革新はどこへ向かう?巨大ブランド刷新の全貌と波紋
一方で、強烈な個性と極限まで削ぎ落とされたミニマリズムは、時として世論を大きく二分する。かつてコンビニエンスストアのコーヒーマシンや調味料のパッケージデザインを巡って巻き起こったネットの反応を覚えている読者も多いはずだ。英語表記や記号性を優先するあまり、「直感的にわかりにくい」「現場の利便性を無視しているのではないか」といった批判がSNS上で噴出し、一種の炎上状態にまで発展した経緯がある。
一部のコミュニティでは「現場の使い勝手よりもデザイナーのエゴが優先されている」といった噂や批判的な論調が独り歩きすることもあった。だが、噂の真相を冷静に紐解くと、そこにはまったく異なる文脈が見えてくる。
佐藤が追求しているのは、店舗空間全体のノイズを極限まで減らし、ブランドとしての統一感を世界基準に引き上げるという壮大な実験だった。現場でテプラが貼られるなどの試行錯誤も含め、既存の商慣習に風穴を開けるプロセスそのものが、デザインが社会と衝突し進化する契機となったのである。