終わらぬ対立の深層:竹島問題の核心と外交交渉の知られざる裏側

終わらぬ対立の深層:竹島問題の核心と外交交渉の知られざる裏側の注目ポイントを分かりやすくまとめてご紹介します。

平和条約が発効する直前の1952年1月、韓国の初代大統領である李承晩は突如として海洋主権宣言を発令した。国際慣行を無視して日本海に引かれた境界線、いわゆる「李承晩ライン」である。

この境界線の内側に竹島を取り込んだ韓国側は、付近で操業していた日本の漁船を次々と拿捕。1965年の日韓基本条約締結までに拿捕された日本漁船は300隻を超え、約4,000人の漁民が抑留され、死傷者まで出た。当時の日本は主権回復の過渡期にあり、沿岸を守る十分な警備能力を持たなかった。

力による現状変更。韓国は警備隊を島に常駐させ、ヘリポートや接岸施設を相次いで建設した。日本側が「不法占拠」と呼び続ける軍事・警察的な実効支配の既成事実化は、まさにこの混乱の時代に強行されたのである。

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