昭和の妖怪・岸信介とは何者か?安保改定と現代に続く権力の闇
首相就任後の岸が政治生命のすべてを賭けたのが、日米安全保障条約の改定だった。1951年に吉田茂が結んだ旧安保条約は、米軍の駐留を認める一方でアメリカ側に日本防衛の義務がなく、米軍による内乱鎮圧権まで盛り込まれた極めて不平等な内容だった。岸の目的は、この従属関係を解消し、日本をアメリカと対等なパートナーシップへと引き上げることだった。
しかし、戦争の記憶が生々しい国民の目には、条約改定は「再び戦争に巻き込まれる道」と映った。1960年、国会議事堂を取り囲む数十万のデモ隊、連日のストライキ。いわゆる「60年安保闘争」の熱気は日本中を覆い尽くした。強行採決を巡り国会は流血の修羅場と化し、死者まで出る事態となったが、岸は一切怯まなかった。「声なき声に耳を傾けねばならない」と言い放ち、新条約の自然成立を見届けた直後、内閣総辞職を表明して表舞台を去った。国益のための不平等条約解消という果実をもぎ取り、自らの退陣と引き換えに秩序を維持したのである。