大野智の日焼けはなぜ黒すぎる?宮古島での現在と事務所激怒の真相
大野智がメディアで「肌の黒さ」を頻繁にいじられるようになった原点は、2008年頃にまで遡ります。デビュー初期から20代半ばにかけては、透明感のある色白な美少年ビジュアルが際立っており、当時の写真と比較すると肌のトーンは劇的な変化を遂げています。
大きな転機となったのは、嵐が国民的トップスターへと駆け上がる過渡期であり、自身初のアート個展『FREESTYLE』を開催した2008年。多忙を極めるスケジュールの合間を縫って始めたのが、海釣りでした。一度熱中すると求道者のように突き詰める性格の大野は、休日のたびに朝から晩まで大海原へ繰り出すようになり、瞬く間に精悍な褐色肌へと変貌を遂げたのです。
同年夏に主演を務めたドラマ『魔王』の撮影時期には、物語のシリアスな弁護士役とは裏腹に肌がどんどん焼けていき、第1話と最終話で肌のトーンが露骨に異なるという伝説を生み出しました。これが、ファンにとってもおなじみとなる「大野智=小麦肌」の決定的な始まりでした。