宇都宮直子が紡ぐ氷上の真実:浅田真央と羽生結弦の素顔に迫る筆跡
2014年ソチ五輪のフリースケーティング。ショートプログラム16位という絶望的な淵から立ち上がり、万雷の拍手の中で涙を流した浅田真央の姿を、日本中が息を呑んで見届けた。文藝春秋から刊行された『浅田真央 そして、奇跡は起きた』は、あの劇的な瞬間を単なる美談として片付けることを拒んだ傑作ノンフィクションである。
宇都宮直子の筆は、奇跡と呼ばれる現象の裏側にある血のにじむような反復練習、重圧に軋む心、そしてジャンプの回転軸ひとつに人生を賭けるアスリートの狂気にも似た純粋さを生々しく捉えている。彼女が関係者や本人から引き出す言葉には、表面的なリップサービスが一切存在しない。氷の冷たさと体温の温もりが同居するような取材の裏側には、対象と真正面から対峙し、沈黙すらも受け止める覚悟があった。
「浅田真央 そして」という言葉に続く彼女の叙述は、演技後のスコアボードの数字では決して測れない、人間の尊厳を読者の胸に刻み込んだ。選手が抱える弱さや怯えを隠さず、ありのままを描き切ることでしか到達できない真実が、この一冊には凝縮されている。