一里は何キロ?実は時代で違う「里」の秘密と現代換算を徹底解剖
日本で古くから使われてきた尺貫法において、距離を示す「里」は人々の暮らしと密接に結びついていた。江戸幕府が整備した五街道には、約4kmごとに「一里塚」と呼ばれる塚が街道の両脇に築かれ、旅人にとっての目印や休息の場として機能していた。
一里塚は単なる距離標にとどまらず、旅籠や駕籠屋の料金計算の基準としても不可欠なインフラだった。木陰を作り、旅人の足腰を休めさせたこのシステムは、昭和期に至るまで日本の道標文化の象徴として語り継がれている。