写楽と歌麿を操った江戸の怪物!蔦屋重三郎の正体と超革新ビジネス
蔦屋重三郎、通称「蔦重(つたじゅう)」の原点は、江戸随一の歓楽街であった吉原遊廓の入り口に開いた小さな書店「耕書堂」にあった。出自は決して恵まれていたわけではない。だが、吉原という欲望と文化が交差する特異な場所で育まれた鋭敏な観察眼が、彼の最大の武器となった。
彼が最初に手掛けたのは、遊女たちの評判や格付けを記したガイドブック『吉原細見』の出版である。従来の単調な名簿から脱却し、最新の流行や洒落を取り入れたエンターテインメント誌へと刷新。これが爆発的なヒットを記録した。情報を編集し、付加価値をつけて大衆に届ける――まさに現代でいう情報誌のビジネスモデルを、彼は18世紀後半の日本でいち早く確立していた。
吉原で圧倒的なシェアを握った蔦重は、やがて日本橋通油町へと進出する。当時の日本橋は、格式高い老舗がひしめく出版業界の中心地。そこへ新興勢力として乗り込み、風俗や大衆心理を巧みに突いた企画を連発していった。