小野田寛郎に子供はいたのか?妻・町枝夫人との絆と後継者の真相
実子を持たなかった小野田寛郎氏ですが、彼が後半生において最も情熱を注いだ対象こそが「日本の子供たち」でした。
ブラジルでの牧場経営が軌道に乗った1980年代初頭、小野田氏は日本で相次いで発生した「金属バット両親殺害事件」などの痛ましい少年凶悪犯罪や、いじめ問題、引きこもりの急増に強い衝撃を受けます。自然から切り離され、過保護な環境の中で自立心や他者への思いやりを失いつつある日本の青少年の現状に、深い危機感を抱いたのです。
「自然の中で生き延びる知恵と逞しさを、日本の子供たちに教えなければならない」――その強い使命感から、小野田氏は牧場経営で得た私財を惜しみなく投じ、1984年に福島県塙町で「小野田自然塾」を立ち上げました。
自然塾では、小野田氏自らが野外活動の講師となり、テント設営、火起こし、野草の識別、仲間との共同生活を通じたサバイバル技術を子供たちに直伝しました。ルバング島での30年間で培った「どんな極限状態でも生き抜く知恵」は、決して人を傷つけるためではなく、次世代の子供たちが困難を乗り越えるための“生きる力”として還元されたのです。自然塾を巣立った数万人を超える塾生たちこそが、小野田氏にとっての精神的な子供たちであったと言えます。