丸山真男『日本の思想』徹底解剖!タコツボ化する日本の深層病理とは

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第四章に収められた「『である』ことと『する』こと」は、大学入試や高校の授業でも頻繁に引用される屈指の白眉です。丸山は社会道徳や法制度における価値基準を、身分や属性を重視する「である(to be)」論理と、実際の行動や機能を問う「する(to act / to do)」論理の2つに分類しました。

封建社会は、武士「である」、町人「である」といった固固定的な属性が個人の価値を決定づける「である」社会でした。一方、近代社会は、いかなる成果を生み出したか、どのような行動を「する」かによって評価される実力主義・機能主義の「する」社会へ移行したはずでした。

ところが丸山は、日本社会においてはこの2つの論理が致命的に「逆転・混同」していると指摘します。

例えば、政治や民主主義の領域では「自由な市民『である』こと」にあぐらをかき、自ら積極的に主権を行使「する」不断の努力を怠ってしまいます。民主主義とは制度として存在しているだけで自動的に機能するものではなく、「日々行使し続ける(すること)によってのみ維持される実践的価値」であるにもかかわらず、人々は「民主国家の国民である」という既得権益の上に安住してしまうのです。

逆に、個人の内面や学問・芸術といった本来「である」ことの純粋性が守られるべき領域に、露骨な業績主義や「何の役に立つのか」という実用至上主義(する論理)が土足で踏み込んでくる。この価値判断の倒錯こそが、形式主義の蔓延と主体性の喪失を招いていると丸山は警鐘を鳴らしました。

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