田中角栄の日本列島改造論とは?狂乱物価の真相と現代に残した功罪
田中角栄が掲げた「日本列島改造論」の骨子は、「工業の地方再配置」と「全国高速交通網の整備」を両輪として、大都市圏の過密と地方の過疎を同時に解決することにありました。戦後復興から高度経済成長期にかけて、東京や大阪、名古屋を結ぶ太平洋ベルト地帯には人口と産業が過度に集中し、都市部では公害や住宅不足、通勤地獄といった深刻な過密問題が発生していました。その一方で、地方農村部は著しい過疎化に直面し、地域間の経済格差が大きく広がっていたのです。
新潟の豪雪地帯出身であり、「雪深い故郷を豊かにしたい」という強い原体験を持っていた田中角栄は、この構造的な不均衡を打破するために国家主導の国土再編を構想しました。大都市に集中する工場を地方へ移転させ、地方都市の工業基盤を強化することで雇用を創出する。そして、全国どこからでも大都市へ日帰り往復ができる高速交通インフラを敷設することで、都市と地方の生活水準の格差をなくすという青写真でした。この明快で力強いメッセージは、地方経済の底上げを望む国民の心を掴み、空前の「角栄ブーム」を巻き起こしました。