三笠宮崇仁親王の激動の生涯と歴史的功績、今明かされる真実の全貌
三笠宮崇仁親王の平和思想を語る上で、実兄である昭和天皇との関係、そして中国大陸での体験は避けて通れない。最前線に身を置いた親王は、現地の兵士たちがどのような状況に置かれ、どのような惨劇が引き起こされていたかを、その目で目撃していた。
大本営が発表する勇ましい大本営発表と、現地で進行する泥沼の現実。その乖離に絶望した親王は、昭和天皇に対しても戦況の厳しさと現地の真実を率直に報告しようと試みた。日本近代史において、軍の内部から天皇に対して客観的な戦況と軍の暴走を伝えようとした数少ない証言者の一人であった。
「聖戦」という言葉に隠された欺瞞を告発し、「平和とは単に戦争のない状態を指すのではなく、真実と正義に基づいた相互理解によってのみ築かれる」という親王の信念は、この苛烈な戦場体験から紡ぎ出されたものだった。1994年に前述の極秘文書が公に発見された際、国内外の歴史学者に走った衝撃は記憶に新しい。皇室の内部から発せられていた痛烈な自省の声は、日本の近現代史研究に決定的な光を当てることとなった。