三島事件の介錯人・古賀浩靖の足跡と現在 独自取材が明かす深層
事件後、生き残った隊員3名は殺人罪や傷害罪、監禁罪などで起訴された。東京地裁で繰り広げられた公判は、単なる刑事裁判の枠組みを超え、戦後民主主義と日本人のアイデンティティを問う思想闘争の場と化した。古賀は法廷において、激昂することなく終始沈着な態度を崩さなかった。
膨大な裁判記録が物語るのは、狂信的なテロリストの姿ではなく、純粋すぎる倫理観と三島への絶対的な信義に生きた青年の内面である。「自らも死ぬつもりだった」と語りながらも、師の遺言に従って生き残り、世の断罪を受ける道を選んだ。懲役4年の判決を受け、千葉刑務所に服役した日々。そこには、自己の行動を正当化するでもなく、かといって三島を否定するでもない、過酷な精神の葛藤が刻まれていた。