日中関係を揺るがした巨額マネーの闇!西原借款と政治決断の全貌
なぜ寺内内閣はこれほどまでに巨額の金を注ぎ込んだのか。その背景には、1915年に大隈重信内閣が突きつけた「二十一条要求」への反省があった。武力を背景にした露骨な圧力は、中国国内で凄まじい排日運動を引き起こし、国際社会からも激しい非難を浴びた。
そこで寺内は、露骨な軍事的威嚇を控え、経済援助によって北洋政府を内側から籠絡する「親日政権育成策」へと舵を切った。しかし、この思惑は完全に裏目に出る。段祺瑞が日本の金を使って国内の政敵を弾圧し私腹を肥やしている実態が知れ渡ると、中国民衆の怒りは沸点に達した。「国を売る売国奴」のレッテルを貼られた段政権は求心力を失い、1919年の五四運動という巨大な抗日民族運動が爆発する直接の引き金となったのである。