日本最古の貨幣は和同開珎ではない?富本銭が暴く国家誕生の謎
物証の沈黙を破る手がかりは、正史の冷徹な一節に隠されていた。『日本書紀』天武天皇十二年(683年)四月十五日の条に、突如として現れる有名な勅令がある。
「今より以後、必ず銅銭を用いよ。銀銭を用いることなかれ」
国立国会図書館デジタルコレクションに収蔵されている貴重な古代史料や写本を精読すると、この短い記述が持つ異常な重みが際立つ。壬申の乱を制して専制的な権力を確立した天武天皇は、律令国家の建設を急ピッチで進めていた。白村江の敗戦から数十年、唐をはじめとする東アジアの超大国と対峙するためには、中央集権体制の象徴たる「国家の通貨」が絶対に必要なピースだったのだ。
天武が命じた「銅銭」とは何を指すのか。和同開珎の鋳造より四半世紀も前に出されたこの詔勅の対象こそ、飛鳥池で焼かれていたあの銭貨以外にあり得ない。国家が公的に価値を保証する貨幣を無理矢理にでも流通させ、貴族や寺院が退蔵していた銀の流通を禁じる――そこには、国家の富を一手に掌握しようとした強烈な政治的意志が透けて見える。