極限の安置所で何が起きたのか 遺体収容と検視に命を捧げた記録
震災直後、沿岸各地の体育館や武道場は即席の遺体安置所へと姿を変えた。電気も水道も遮断された氷点下の空間に、次々と運び込まれる遺体。警察庁の号令のもと全国から派遣された警察官や検視官、そして日本赤十字社の医療班は、泥まみれの床で不眠不休の作業を強いられた。
日本法医学会に所属する法医学者たちも即座に現地へ入った。腐敗が進む前に対処しなければならない時間の壁と、圧倒的な数の前に立ちすくむ現実。限られた照明器具と手作業の道具を使い、法医学・検視の手続きが進められた。指紋の採取、歯型チャートの記録、身体的特徴の綿密なメモ。それは単なる身元確認ではなく、名もなき犠牲者に再び「名前」を取り戻すための、魂を削るような格闘だった。
安置所では、冷たい遺体に寄り添い、泥を洗い流し、硬直した体を優しく整える地元の人々の姿もあった。顔判別がつかないほど損傷した遺体であっても、家族が対面した瞬間に少しでも生前の面影を感じられるようにと、化粧を施し、衣服を整える。極限の混乱の中で保たれたのは、人間としての敬意そのものだった。