モーツァルト『夜の女王のアリア』超絶技巧の秘密と復讐の狂気を解く
一般に「夜の女王のアリア」として知られる楽曲は、第2幕で歌われる『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え(Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen)』を指します。この曲が声楽界のエベレストと恐れられる最大の理由は、驚異的な音域の広さと「ハイF(F6、約1397Hz)」と呼ばれる超高音の連打にあります。
通常、オペラの主役級ソプラノでも最高音は「ハイC(C6)」程度が標準的です。しかし、モーツァルトは夜の女王に対し、ハイCよりさらに4度も高いハイFを、一音の狂いもなく正確なピッチ(音高)で、かつ鋭いスタッカート(音を短く切る奏法)で刻むことを要求しました。要求される音域はF4からF6までの丸2オクターブに及びます。
さらに歌唱を極めて困難にしているのが、装飾的な細かい音符を華麗に歌いこなす「コロラトゥーラ・ソプラノ」の技巧と、激情を表現する「ドラマティックな声量」という相反する要素の両立です。細く繊細な声質だけではオーケストラの迫力に押し潰され、重厚すぎる声では軽やかな超高音のアジリタ(敏捷性)が回りません。声帯を極限までコントロールしつつ、激情のエネルギーを爆発させる離れ業が求められる点に、このアリアの真の難しさがあります。