日生学園第三高校の事件と現在|過酷な寮生活の真相と閉校の全歴史
時代が平成に進むにつれ、体罰の厳罰化や社会規範の変化により、昭和型の過激な全寮制モデルは立ち行かなくなりました。日生学園グループ全体がイメージ刷新と教育方針の大転換を迫られることになります。
日生学園第三高校は、2004年に「自由ヶ丘高等学校」へと校名を改称。かつてのスパルタ指導を完全に撤廃し、生徒の個性を尊重する総合学科の導入や、不登校生徒の受け入れ・通信制課程の設置など、真逆とも言える「自由で大らかな校風」への脱皮を図りました。しかし、長年にわたって定着した「過酷な全寮制」「脱走が起きる学校」という世間のイメージを完全に払拭することは極めて困難でした。
加えて、全国的な少子化の加速や淡路島という離島立地による生徒募集の難航が重なり、志願者数は年々減少。深刻な定員割れが続いた結果、新規募集停止を経て2018年3月をもって自由ヶ丘高等学校は閉校(事実上の廃校)となりました。これが日生学園第三高等学校から始まった約30年の歴史の結末です。