断絶か共存か?本家と分家の権力構造に潜む「相続」の不都合な真実

断絶か共存か?本家と分家の権力構造に潜む「相続」の不都合な真実

断絶か共存か?本家と分家の権力構造に潜む「相続」の不都合な真実とは一体何なのか? 背景や要点を簡潔に解説します。

決定的な違いはどこにあるのか。歴史を遡れば、その根底にあるのは「祭祀の承継」と「財産の不可分性」だ。本家とは、祖先の祭祀を主宰し、家名と家産(田畑や山林、屋敷)を丸ごと引き継ぐ直系長男の系統を指す。対して分家は、次男以下が独立して新たに構えた世帯であり、本家の経済的・社会的な庇護下に入りながら補助的な労働力を担う関係にあった。

戦前の旧民法下では、この序列が「家督相続」として国家公認の法体系に組み込まれていた。財産は本家を継ぐ戸主が単独で総取りする。分家には微々たる遺留分すら与えられないのが通例だった。長男以外の男子や女子は、分家や嫁ぎ先で自活を強いられたのだ。

だが、現行民法において「本家」「分家」という法概念は一切存在しない。すべての子供は平等の法定相続分を持ち、親族間の序列など法律上は無意味だ。にもかかわらず、祭祀財産(系譜、祭具、墳墓など)の承継規定(民法897条)や、「本家が墓守をするのが筋」という慣習が、権利と義務の不均衡を生み出し続けている。義務だけを押し付けられた本家側と、権利を主張する分家側の感情的亀裂。これが、現代における親族間闘争の真相だ。

共有:
森 瞳

森 瞳

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。