Pl学園出身アナウンサー一覧と上重聡の現在|伝説の球歴と独立秘話
上重聡アナの経歴を語る上で絶対に外せないのが、1998年夏の甲子園(第80回全国高等学校野球選手権記念大会)準々決勝で見せた魂の投球です。当時、PL学園のエースナンバーを背負っていた上重投手は、優勝候補の大本命であった横浜高校の怪物・松坂大輔投手と激突しました。
試合は高校野球史上に残る大熱戦となり、炎天下の中で延長17回・試合時間3時間37分に及ぶ死闘へと突入。上重投手は強打の横浜高校打線を相手に一人で238球を投げ抜きました。結果は7対9で惜敗したものの、敗れ去った瞬間に見せた清々しい表情と両校の健闘は、今なお「甲子園史上最高の名勝負」として語り継がれています。
高校卒業後は名門・立教大学へと進学し、東京六大学野球の舞台でもエースとして活躍。2000年秋の東京大学戦では、六大学史上36年ぶり・史上2人目となる完全試合(パーフェクトゲーム)を達成するという快挙を成し遂げました。
プロ野球ドラフト候補として大きな注目を集めながらも、右肘の故障や自らの将来像を見つめ直した結果、選んだ道が「プレイヤーを伝える側」であるアナウンサーへの転身でした。2003年に日本テレビへ入社した上重アナは、アスリート出身ならではの鋭い視点と爽やかなキャラクターで瞬く間に頭角を現すことになります。