オリンピック体操女子に死亡事故はある?歴代の悲劇と器具改変の真相
体操の歴史において最も衝撃を与えた事故の一つが、アメリカ代表有力候補だったジュリッサ・ゴメス選手の跳馬事故です。1988年5月、ソウルオリンピック開幕を数か月後に控えて東京で開催された国際大会「世界スポーツフェア」の練習中、悲劇は起きました。
ゴメス選手が挑んでいたのは、当時世界的な流行を見せていた高難度技「ユルチェンコ跳び(ロンダートから後ろ向きにロイター板を踏み切る技)」でした。しかし、助走から踏み切りに至る過程で足が滑り、十分な高さを得られないまま細い跳馬の先端へ頭部から激突。第1・第2頸椎を骨折して四肢麻痺に陥り、その後治療中のトラブルによる低酸素脳症を経て、1991年に18歳の若さで息を引き取りました。
この事故は国際体操連盟(FIG)に極めて重い教訓を残しました。当時使用されていた跳馬は、男子のあん馬に似た縦に細長い長方形の器具であり、わずかな踏み切りミスが命取りになる形状でした。ゴメス選手の事故を直接の契機として器具の根本的な見直しが進められ、2001年には着地面積が広く安全性の高いテーブル型跳馬(通称:ペガサス)への完全移行が実現しました。