狂騒から14年――冨永愛と塩谷瞬、それぞれの「現在地」とあの日語られなかった真実
2012年当時は、スマートフォンやSNSが現在ほど生活に密着していなかった。もしあの騒動が現代のTikTokやX(旧Twitter)の時代に起きていたら、ネットリンチはさらに苛烈なものになっていたに違いない。当時のメディア報道のあり方は、現代のデジタルタトゥー問題の先駆けでもあった。
一人の人間を徹底的に糾弾し、消費し尽くすエンタメ消費の危うさ。私たちは彼らの騒動を通じて、他者のプライベートを暴くことの残酷さと、そこから生まれる一過性の熱狂の虚しさを学んだはずだ。