怒声を捨てた元代表・益子直美の現在地 指導改革と夫婦の歩み
引退後、キャスターやタレントとして活動を広げる中で、彼女の胸の奥にくすぶり続けていたのは「子供たちに自分と同じ苦しみを味わわせたくない」という切実な願いだった。その思いが形となったのが、2015年に創設された「監督が怒ってはいけないバレーボール大会」である。
ルールは極めて明快だ。試合中、指導者が怒鳴ったり選手を威圧したりすることは一切禁止。もし感情的な怒声を上げれば、警告としてイエローカードが提示され、場合によっては選手たちの前でバツ印のマスクを着用させられる。この前代未聞の試みは、瞬く間に全国へ知れ渡り、一般社団法人監督が怒ってはいけない大会として法人化されるまでに発展した。
当初は「怒らずに勝てるわけがない」「甘やかしだ」といった反発や冷ややかな視線も浴びた。だが、怒声の消えたコートで子供たちはミスを恐れず果敢に挑戦し、驚くほど生き生きとした表情でプレーを見せた。現代のスポーツ教育・指導論においても、恐怖による支配ではなく内発的動機付けこそが選手の成長を促すという実証が重ねられている。益子の提唱した試みは、根性論に囚われていた指導者たちに強烈な気づきを与え、全国各地で模倣大会が生まれるほどの大きなうねりとなった。