名曲ストロベリー フィールドに宿るジョンの孤独と歴史の真相
イングランド北西部、ウールトンの閑静な住宅街に佇む広大な敷地。そこは元々、19世紀の豪商が建てたヴィクトリア朝様式の私邸だった。転機が訪れたのは1934年。キリスト教プロテスタント系の慈善団体である救世軍 (The Salvation Army)がこの邸宅を買い取り、家庭の温もりを奪われた少女たちのための孤児院を開設した。
すぐ近所にあるメンローヴ・アヴェニューで叔母のミミに育てられていた幼いジョンにとって、高い木々に囲まれた庭園は格好の冒険場だった。夏になると救世軍のブラスバンドが演奏するガーデンパーティーが開かれ、ジョンは胸を高鳴らせてその音に耳を澄ませた。「あそこに入ったら首を括られるわよ」と厳格なミミがいくら叱りつけても、少年はフェンスを乗り越えるのをやめなかった。「入ったって縛り首になんかされやしないさ」。そう言い放った少年の心には、親に捨てられたという共通の影を背負う子どもたちへの、無意識の共鳴があったのかもしれない。