メディアの巨魁・正力松太郎の光と影!プロ野球とテレビ創始の闇
正力の生涯における最大の転機は、警視庁警務部長という警察機構の重要ポストを追われたことだった。1924年、彼が買収を手掛けた当時の読売新聞社は、発行部数わずか数万部の零細紙に過ぎず、廃刊の危機に瀕していた。
しかし、官僚時代に培った緻密な情報網と強権的な組織統率力を遺憾なく発揮する。社会面のスキャンダリズム、ラジオ番組表のいち早い導入、大相撲や将棋の観戦記など、大衆が何を求めているかを直感的に察知して紙面に反映させた。夕刊の発行や全国的な販売網の構築を強硬に推進し、瞬く間に既存の老舗紙を猛追。わずか十数年で日本を代表する全国紙へと急成長させた手腕は、まさに異例と言うほかない。