柳宗悦が遺した「用の美」の真髄!現代デザインを揺るがす工芸哲学
柳の出発点は、学習院時代に志賀直哉や武者小路実篤らとともに結成した白樺派の活動にあった。当初は西洋の近代美術やロダン、ゴッホ、さらにはウィリアム・ブレイクの神秘思想に深く傾倒し、個人の強烈な自己表現や自我の探求に没頭していた青年は、ある日、朝鮮王朝時代の無名の陶磁器と運命的な出会いを果たす。
作為のない素朴な碗に圧倒された柳は、名のある芸術家が個性を競い合う世界から、無名の民衆が日々の生活のために作る工芸品の世界へと大きく舵を切る。1926年には、河井寛次郎らとともに「民藝(民衆的工藝)」という言葉を創出。全国を行脚して日本各地に眠る手仕事を掘り起こし、虐げられてきた名もなき作り手たちの営みを美の頂点へと引き上げる民藝運動へと身を投じていった。