栃木県の県庁所在地はなぜ宇都宮?栃木市からの移転劇と真相を解剖
1873年の統合によって栃木町に県庁が置かれてからわずか11年後の1884年(明治17年)1月、太政官布告によって県庁の宇都宮移転が突如として決定されました。この電撃的な決定は、当時の県内を揺るがす大事件となります。
県庁をめぐる対立の根底には、県南の商業都市であった栃木町と、県央の城下町・宿場町として栄えていた宇都宮町の主導権争いがありました。栃木町は巴波川(うずまがわ)の舟運を活かした商人・豪商の街として莫大な財力を誇り、経済の中心地としての自負を持っていました。対する宇都宮は、日光街道と奥州街道の追分(分岐点)に位置する交通の要衝であり、旧宇都宮藩の武士階層が色濃く残る政治・軍事の拠点でした。
合併当初は財政基盤の強さから栃木町に軍配が上がったものの、都市の性格の違いは行政運営にも影を落とし続け、県庁移転を求める宇都宮側と、現状維持を訴える栃木町側との間で激しい陳情合戦が繰り広げられることになります。