力道山を支えた田中敬子の知られざる半生と独占新スクープの全貌
新橋駅前の街頭テレビに群がる無数の群衆。白黒画面越しに炸裂する空手チョップに、日本中が拳を握りしめた。日本テレビの黎明期を支えたプロレス中継は、戦後復興期のナショナル・アイデンティティそのものを形作ったと言っても過言ではない。その中心に君臨した力道山の私生活を守る重責は、すべて若き妻の双肩にかかっていた。
「家庭人としての夫」と「国民的英雄としての怪物」。二つの顔の間で揺れ動く日常は、わずか半年で暗転する。1963年12月、赤坂のナイトクラブでの凶刃。病院での絶望的な看病と、あまりに早すぎる幕切れ。彼女の胸中に去来した感情は、当時のタブロイド紙が書き殴った安っぽい感傷をはるかに超えていた。