菅官房長官の若い頃とは?集団就職から首相へ駆け上がった苦闘史

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大学を卒業した菅は、いったん電気設備会社に就職する。しかし、世の中を動かすダイナミズムへの関心は消えなかった。人生の転機は26歳のとき、法政大学就職課の縁をたどって飛び込んだ、衆議院議員・小此木彦三郎の事務所である。

横浜選出の実力者であった小此木のもとで、菅は11年間に及ぶ秘書修業をスタートさせた。派手な表舞台ではない。毎朝誰よりも早く事務所を開け、地元の陳情を聞き、冠婚葬祭の案内状を整理し、支援者のもとへ足を運ぶ日々。靴底をすり減らす徹底的な「ドブ板選挙」の実践だった。

小此木から学んだのは、「義理と人情」、そして何よりも「人の名前と顔を絶対に忘れない」という徹底した現場主義だ。菅は後年、通商産業大臣に就任した小此木の秘書官を務めるまでになり、永田町と霞が関の力学、官僚機構の動かし方をその肌で克明に吸収していった。

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