吉田昌郎所長の決断と真実|福島原発事故から辿る死因と家族の現在
事故収束の指揮を執り続けていた吉田所長ですが、2011年11月、健康診断で病気が見つかり所長を退任しました。公表された病名は食道がんでした。その後、懸命な闘病生活と手術を続けましたが、2013年7月9日、都内の病院で逝去されました。58歳という若さでした。
世間では吉田昌郎氏の死因について「原発事故での被曝が原因ではないか」という疑問が強く持ち上がりました。しかし、東京電力および放射線医学の専門家グループの検証によると、事故発生から退任までの吉田氏の累積被曝線量は約70ミリシーベルトでした。
一般的に、放射線被曝によって食道がんなどの固形がんが発症するまでには最低でも数年から10年以上の潜伏期間が必要とされています。事故発生からわずか数ヶ月での食道がん発見という経過から、医学的には食道がんと被曝の因果関係は極めて低い(事故前の生活習慣やストレス等が主因である可能性が高い)と結論づけられています。とはいえ、事故当時の想像を絶する極限のストレスと激務が、体調に過酷な影響を与えたことは間違いありません。