横山大観『生々流転』の真実と朦朧体革新!足立美術館が明かす神髄
明治30年代、日本画のあり方に強い危機感を抱いていた思想家・岡倉天心は、若き画家に「空気に色はあるか」「空気を描く工夫はないか」という重い問いを投げかけた。この課題に正面から立ち向かったのが、大観と盟友の菱田春草である。二人が辿り着いた答えは、それまで日本画の絶対的骨格であった「線描」をあえて捨て去り、刷毛の連続によって色彩のグラデーションのみで光や大気を表現する実験的技法だった。
しかし、この試みは当時の美術界から即座には受け入れられなかった。「朦朧体(もうろうたい)」と蔑称を交えて呼ばれたこの画法は、輪郭線を持たないがゆえに「勢いがない」「単に画面がボケているだけだ」と酷評の的にされた。作品が全く売れず、極貧の生活を余儀なくされた大観たちだったが、彼らは欧米に渡って展覧会を開催。海外でその幻想的な空間表現が「光の芸術」として高い評価を得たことで、逆輸入の形で日本国内の評価をも覆していくことになる。