河野洋平と中国の深き蜜月はなぜ?親中派の原点と今も続くパイプの真相
河野氏の対中・対アジア外交を語るうえで避けて通れないのが、宮沢喜一内閣の官房長官を務めていた1993年8月に発表された「河野談話」です。いわゆる従軍慰安婦問題に関して旧日本軍の関与と強制性を認め、反省とお詫びを表明したこの談話は、以後の日本外交における歴史認識の根幹を形作ることになりました。
中国指導部は、この河野談話や1995年の「村山談話」を日本の歴史認識のベンチマークとして極めて高く評価しています。中国共産党が重視する「正しい歴史観の維持」に合致する姿勢を示したことで、中国政界における河野氏へのリスペクトは不動のものとなりました。
一方で、日本国内の保守層からは「十分な確証がないまま強制性を認め、将来に禍根を残した」との厳しい批判が今なお根強く浴びせられています。この歴史認識に対する国内外のギャップが、河野氏への評価を二極化させる決定的な要因となっているのです。