韓国映画の原点グリーンフィッシュ衝撃の結末と名優怪演の真相
1990年代末の韓国は、劇的な民主化の余波と猛スピードで進む資本主義化のただ中にあった。田園風景は瞬く間に無機質なコンクリートの高層アパート群へと塗りつぶされ、人々の生活様式や共同体の絆は音を立てて崩壊していく。イ・チャンドン監督はその痛々しいひずみを逃さず捉えた。彼が選んだ表現手法は、単なるヤクザの縄張り争いを描く従来のギャング映画ではなく、傷口を素手で抉り出すようなネオ・ノワールだった。
主人公のマクトンが直面するのは、故郷の一変した姿と、自分だけが時代から取り残されたという残酷な現実だ。かつて柳の木が揺れ、澄んだ川が流れていた場所は、金と暴力が支配する歓楽街へと姿を変えていた。居場所を失った青年が裏社会のボスに父親のような温もりを求めてしまう悲劇。家族を養うという素朴な夢を抱いた若者が、時代の激流に翻弄されていく姿は、まさに当時の韓国社会が抱えていた集団的な喪失感を象徴していた。