はだしのゲン作者・中沢啓治の遺言!閲覧制限の真相と創作秘話
『はだしのゲン』が世に放たれた舞台は、意外にも当時急成長を遂げていた少年誌『週刊少年ジャンプ』だった。1973年、集英社の看板雑誌として読者アンケート至上主義を掲げていた同誌において、被爆体験をリアルに描く本作の連載は異例中の異例だった。
当時の漫画・出版業界では、戦争の残酷さをそのまま少年誌に載せることへの懸念や編集部内での葛藤も根強かった。しかし、初代編集長・長野規らの熱狂的な後押しを受け、連載は開始される。友情・努力・勝利という少年漫画の王道フォーマットとは一線を画し、ゲンの生き抜くたくましさと戦争の不条理を容赦なく描いた紙面は、子どもたちの心に強烈な爪痕を残した。その後、連載媒体は市民派の雑誌へと移り、汐文社から刊行された単行本が全国の小中学校図書館へ爆発的に普及していくことになる。