光市母子殺害事件が揺るがした司法:遺族の闘いと法廷記録の深層
妻と愛娘を一瞬で失った本村洋氏は、深い悲嘆に暮れる間もなく、加害者更生を最優先とする旧態依然とした司法の壁と対峙することを余儀なくされた。一審の山口地方裁判所および二審の広島高等裁判所が下したのは「無期懲役」。犯行時に18歳になったばかりの少年であった事実と、従来の「永山基準」を機械的に当てはめた判決だった。
閉ざされた司法の扉の前で、本村氏は「加害者に寛大な法が、被害者には死の沈黙を強いるのか」と世に問い続けた。自ら法律書を読み込み、司法関係者との対話を重ねる中で、次第に市民社会を動かす大きなうねりが生まれる。法廷記録の精査によって明らかになったのは、加害者の反省の希薄さと、犯行の極めて計画的かつ残虐な実態だった。検察側の上告、そして最高裁判所による異例の差し戻し判決を経て、2012年に死刑が確定するまでの13年間は、日本の法廷が「命の等価性」について最も激しく苦悩した歳月となった。