高田純次の現在と体調は?じゅん散歩で見せる元祖適当男の愛され人生
芸能界随一の脱力系タレントとして知られる高田純次ですが、その若い頃の経歴は決して順風満帆なエリートコースではありませんでした。東京都調布市に生まれ、デザイナーを目指して専門学校を卒業後、演出家の串田和美が主宰する「自由劇場」に入団して役者を志します。
しかし、当時の演劇界で食べていくことは極めて難しく、結婚と長女の誕生を機に一度は役者の道を断念。生活を安定させるため、ジュエリー会社に就職して宝石販売員として約4年間サラリーマン生活を送りました。持ち前の話術と人当たりの良さで優秀な営業成績を収めていましたが、演劇への情熱を捨てきれずにいたところ、盟友である柄本明から誘いを受け、1976年に「劇団東京乾電池」の旗揚げに参加します。
その後、30代後半に出演した伝説的バラエティ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』のロケ企画で大ブレイクを果たし、「元祖・適当男」としての唯一無二の地位を築き上げていきました。