都市銀行が消えた日:拓銀破綻の隠された真相と現代のマネーリスク
かつて「たくぎん」の愛称で親しまれた北海道拓殖銀行は、道内経済の要として絶大な信用を誇っていた。しかし、1980年代後半のバブル景気において、同行は急激な道外進出と不動産・ノンバンク向け融資の大幅拡大へ舵を切る。地場の企業支援という本来の役割を逸脱し、リスクの高い案件へ暴走したことが崩壊へのカウントダウンとなった。
バブル崩壊後、地価の下落とともに融資の多くが焦げ付いた。当時の日本の銀行業においては、不良債権の開示基準が甘く、損失を先送りする飛ばしや延命融資が常態化していた。金融業界全体に蔓延していたこの不透明な体質が、被害を雪だるま式に拡大させたのだ。