東日本大震災の被災パトカーが語る真相|命がけの避難誘導と現在の姿

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2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0の巨大地震が発生した直後、福島県双葉郡富岡町周辺には大津波警報が鳴り響いていました。沿岸部の住民を一刻も早く高台へ逃がすため、福島県警双葉警察署(現・富岡警察署管内)のパトカーが出動。マイクを使って「津波が来ます!高台へ逃げてください!」と必死の避難誘導を開始しました。

押し寄せる引き波と不気味な潮の異変を目の前にしながらも、乗務していた警察官は退避することなく、一軒でも多くの住民に危険を知らせようと海岸線に近い低地へと車を走らせました。当時の無線記録には、切迫した現場の緊迫感が克明に残されています。迫り来る巨大な波の壁を視認しながらも、地域住民の生命を守るために発せられた最期の交信内容は、聞く者の心を大きく揺さぶります。

通信が途絶えたのは、第1波の津波が富岡町沿岸を飲み込んだ瞬間でした。避難誘導を担っていた警察官2名(増子洋一警視・佐藤雄太警部=いずれも殉職後特進)は、車体ごと激流に巻き込まれ、命を落とすこととなりました。

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