東海村Jco臨界事故の写真が暴く被曝治療83日の壮絶な真実
東海村JCO臨界事故の写真と記録から紐解く惨劇の真実において、最も人々に衝撃を与え続けているのが、被曝治療の経過と医療現場の写真記録だ。大内氏が浴びた放射線量は推定16〜23シーベルト前後、篠原氏も6〜10シーベルト前後とされ、致死量を遥かに超える中性子線とガンマ線を全身に浴びていた。
東京大学医学部附属病院に設置された集中治療班を率いた前川和彦教授をはじめとする医療チームは、前例のない放射線医療・急性放射線症候群の治療に総力を挙げた。しかし、患者の体内で起きていた現象は、人体の設計図そのものの破壊だった。治療初期に撮影された骨髄細胞の顕微鏡写真には、23対あるはずの染色体がバラバラに断裂し、配列すら保てなくなった凄惨な光景が写し出されていた。
染色体が破壊された細胞は、二度と分裂・再生ができない。白血球がゼロになり、免疫機能は完全に消失。皮膚の再生も止まり、テープを剥がすだけで表皮が剥離して体液が滲み出る状態へと悪化していった。連日行われる皮膚移植、大量の輸血、末梢血幹細胞移植。最先端医療の知見を結集させた83日間に及ぶ壮絶な闘病の末、大内氏は多臓器不全により息を引き取った。篠原氏も翌年4月に211日間の治療の末に亡くなった。教科書的な記述だけでは到底伝わらない、放射線が細胞レベルで命を削り取っていく過程の冷徹さが、残された克明な医療記録に刻まれている。