ディーン・フジオカ若い頃の放浪と覚醒!香港・台湾が生んだ奇跡
シアトルの大学を卒業後、アメリカ同時多発テロ事件の影響によるビザの壁に直面した彼は、バックパック一つでアジアへと旅立った。タイやカンボジアを巡り、辿り着いた香港のナイトクラブ。クラブカルチャーの熱気の中でラップやボクシング、詩の朗読パフォーマンスを行っていた青年に、ある日ファッション誌のエディターが声をかける。これがすべての始まりだった。
モデルとして香港のストリートカルチャー誌を飾るようになると、その類稀な存在感は瞬く間に映画関係者の目を引く。2005年、香港映画界の俊英ヤンヤン・マック監督に見出され、映画『八月の物語』の主演に大抜擢。粗削りながらも圧倒的な透明感を放つその演技は、各国の映画祭で絶賛を浴びた。本名にちなんだ中華圏の芸名「藤岡靛」の名が、現地の映画ファンの脳裏に刻まれた瞬間である。