大奥最大の闇「江島事件」の真相|歌舞伎役者と側近を襲った大粛清の全貌
江島事件がもたらした最大の結末は、大奥という「治外法権の巨大組織」に対する幕府の統制強化でした。
事件以降、大奥女中の外出や親族との面会、出入り商人に対する監視は極めて厳格化されました。また、財政を圧迫していた大奥の過剰な浪費体質にメスが入り、後の第8代将軍・徳川吉宗による「享保の改革」における大奥経費削減の布石となった点も見逃せません。
幼少の徳川家継がわずか8歳で夭折したことで、家宣・家継と続いた正徳の治は終焉を迎えます。江島事件によって月光院派が力を失っていたことは、紀州徳川家から吉宗が次期将軍としてスムーズに迎え入れられる政治的下地を作ることにもつながりました。ひとつの風紀事件が、徳川幕府260年の権力構造を塗り替える決定打となったのです。