イギリス建国は何年?建国記念日がない理由と四つの国の成立史を解剖

イギリス建国は何年?建国記念日がない理由と四つの国の成立史を解剖に関するポイントを徹底的にまとめました。詳細な解説をチェックしましょう。

イングランド単体ではなく、現在の「連合王国」の直接の前身が生まれたのは1707年5月1日です。長年ライバル関係にあったイングランド王国とスコットランド王国の議会がそれぞれ「合同法(Acts of Union 1707)」を可決し、ひとつの主権国家「グレートブリテン王国」が誕生しました。

両国はすでに1603年、スコットランド国王ジェームズ6世がイングランド国王ジェームズ1世を兼ねる形で「同君連合(王を共有する別の国)」となっていましたが、議会や財政、法律は別々のままでした。

完全な政治統合を後押ししたのは、現実的な経済と安全保障の利害関係です。スコットランドはパナマ地峡での植民地建設(ダリエン計画)の大失敗によって国家財政が破綻寸前に陥っており、イングランドの広大な植民地市場への自由なアクセスを求めていました。一方のイングランドは、フランスとスコットランドが再び軍事同盟を結ぶリスクを恒久的に排除したいという思惑がありました。

こうして両議会が合意に至り、ロンドンのウェストミンスターに統一議会が置かれた1707年こそが、まさに近代的国家としてのイギリスが成立した年と言えます。

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