風船おじさんのその後は?太平洋横断の真相と家族の現在を追う
「風船おじさん」こと鈴木嘉和(すずき よしかず)氏が一躍メディアの脚光を浴びたのは、1992年のことでした。本業はピアノ調律や音楽関連器具の販売を手掛ける会社の経営者でしたが、その本質は人目を引くアイデアで勝負を挑み続ける興行家気質の人物でした。
最初の大きな騒動となったのが、同年4月に実施された琵琶湖での公開実験です。ヘリウム風船を装着した小型ゴンドラに乗り込み、高度や操縦性のテストを行う予定でしたが、突風に煽られて操縦不能に陥り、滋賀県近江八幡市の山林に不時着。民家のテレビアンテナを破損させ、消防や警察が出動する騒ぎを起こしました。
しかし、鈴木氏はこの大失敗に懲りるどころか、さらなる大計画へと突き進みます。周囲の猛反対を押し切り、1992年11月23日、千葉県白子町の海岸からヘリウム風船26個を装着した愛機「ファンタジー号」に乗り込み、アメリカ・サンフランシスコを目指して強行離陸。これが、二度と戻ることのない旅の始まりでした。