江川卓と小林繁の宿命!昭和のタブー「空白の一日」に眠る新事実
協約の隙間を突いた完璧な一手か、それともスポーツマンシップへの冒涜か。1978年11月20日深夜から21日にかけて起きた出来事は、日本のスポーツビジネスにおける最大の法廷闘争劇でもあった。
当時のドラフト規則では、前年の指名球団(クラウンライター・ライオンズ)による交渉権がドラフト会議前日の11月20日に失効すると定められていた。読売ジャイアンツの法務担当幹部はこの規定に目を留める。「交渉権が失効した翌日、つまり新ドラフト会議が始まるまでの間、江川卓は自由契約選手と同じ立場になるのではないか」。いわゆる制度のエアポケットだ。
日付が変わった11月21日早朝、巨人はホテルの一室で江川と電撃契約を締結し、即座に連盟へ選手登録を申請した。全国紙の朝刊一面を飾ったスクープに、列島は騒然となった。街頭の号外には奪い合うように手が伸び、テレビのワイドショーは朝からこの話題一色に染まった。