出雲大社は48Mの超高層神殿だった?古代の姿と発掘された巨柱の真相
古代の建築技術を結集し、過酷な労力を費やしてまで神殿を高く建設した理由はどこにあったのでしょうか。その背景には、日本神話に描かれた『国譲り(くにゆずり)』と古代国家の政治的思惑が存在します。
『古事記』や『日本書紀』において、地上世界の支配者であった大国主大神(オオクニヌシ)は、ヤマトの天照大御神(アマテラス)の使者に対して国土を譲る条件として次のような要求を突きつけます。
「我が住処を、皇御孫の宮殿のように、天に届くほど高く太い柱で建ててほしい(天日隅宮・あめのひすみのみや)」
ヤマト政権にとって、強大な霊威を持つオオクニヌシの御魂を鎮め、国家の安寧を図ることは最優先の国事事業でした。天上の神々と同等、あるいはそれ以上の高さを誇る神殿を築くことは、敗れ去った神に対する最高級の敬意と、その強烈な祟りを封じるための宗教的必然性であったと考えられています。